遺伝と教育について。文献を読み解きつつまとめてみた。

遺伝シリーズ最終話ということで。

 

「努力できる才能」の存在と、それが強く遺伝することについては今までの記事でも触れました。これに限らずあらゆる能力や特徴が遺伝によって大きく決定づけられるとはいえ、全てが遺伝に起因すると考えてしまうと、ある種の諦めが生じてしまいます。

 

具体的には「凡人である自分は努力しても意味がない」、「遺伝だからしょうがない」といったものです。

 

先日の記事でも触れました慶應義塾大学の安藤教授が「Human Behavioural Genetics and Education」の中で、環境なのか遺伝なのかという問題に深く切り込んでいます。(ちょっと古めの文献ではありますが、J-Stageとかで読めます)

 

結構長文かつ総論的に述べてあるので気になった部分だけお伝えします。

 

 

そもそも論として、この文献の中で安藤教授は「どんな才能が遺伝するか」を研究することが人間にとって、特に教育分野においてどのような形で寄与するかについて考えられています。

 

教育の問題は環境によって個体をどう変えていくかということにあるのだから、何が遺伝なのかはあまり重要でないとも考える教育者が研究者も多く存在しており、遺伝要因を探求することが教育学的な関心とは相反するとしてタブー視される傾向もあるようです。

 

また、遺伝が大半であると考えることによって悲観的な宿命論にたどり着いてしまうとも述べられています。

 

僕も前々回の記事で書きましたが、多くの才能が遺伝し、その上努力できるのも才能だったとしたら凡人にはなす術がないんじゃないかと思います。

しかしそうなったとしたら「教育」の意義ってなんなんだろうか?っていうのがタブー視される傾向に繋がっているのではないでしょうか?

 

ただ遺伝のステレオタイプとして「遺伝的=固定的」というイメージがありますが、決してそういうわけではないということも言及されています。分子遺伝学などの発展によって比較的最近明らかにされたようではありますが、一卵性双生児の研究から遺伝が単純な不変性を意味するものではないと示唆されています。(一卵性双生児は遺伝子が100%一致)

 

詳しく話すととっても長くなるので、遺伝は固定的ではなく継時的に変化するということだけ書いておきます。笑

 

 

また、IQの遺伝に関しては諸説あるようで、多くの報告では5080%程度の遺伝率となっています。しかし時期によって遺伝の影響はかなり違うようです。Wilsonらの研究では、15歳までの範囲では、3歳程度までは遺伝的要因よりも環境的要因が強く、年齢が上がれば上がるほど遺伝の影響が大きくなると結論づけられています。これは割と直感に反しました。

 

個人的には環境的な要因が強そうなパーソナリティ(性格)に関しても、知能などには劣りますが結構な遺伝率で、3050%で遺伝するパーソナリティが多いようです。いわゆる「努力できる才能」もここに入ると言えるでしょう。

 

加えて、パーソナリティの遺伝は人生後半には減少を示すものが多いようで、これに関しては少し納得できるような気がしました。

 

また、パーソナリティ特性の中でも社会性・情緒性・活動性の三つの特性をEAS特性と呼び、これらは特に遺伝率が高いようで、教育心理学的に言えばこれらが「学習適正」に関わると考えられます。

言い換えるなら、遺伝するのは学習者のもつ適正の個人差であり、適正の個人差が間接的に教育的成果の差に関わって来るのだと言えるでしょう(あくまでも遺伝するのは「一部」ではありますが、、)。

 

また、この文献内で引用されているのは多くが欧米のものです。しかし、日本のような単一民族国家で社会全体に教育的関心が高く、マスコミなどの影響で環境がかなり均一化した社会では、欧米諸国と比較して遺伝率は高い可能性があるとも述べられています。

 

この文献の本質的な結論は、本記事のトピックと逸れるので詳しくは述べませんが、ここ三回の記事を書く中で、遺伝学は大変興味深いなと感じました。また機会があったら文献を漁ったりして調べてみたいなと思います。

 

今回は自分の考えはそこそこに、文献を引き合いに出しながらお話ししました。

少し冗長な記事になってしまいましたが備忘録的な感じで記録に残しておきます

 

それではまた!