怠惰を求めて勤勉に行き着く

 

こんばんは。

今日は2月1日の投稿 ”「充実感」を求めて” と同様、好きな言葉シリーズです。

 

「怠惰を求めて勤勉に行き着く」

 

ぱっと見て、なるほど!と思う人もいれば、どういうこと?と思う人もいるかと思いますので、簡単に説明と自分なりの解釈をまとめていきたいと思います。

 

 

この言葉に関して、僕は大学時代の友人から教わったのですが、漫画に出てきた登場人物のセリフです。
それは「哲也~雀聖と呼ばれた男~」というタイトルの麻雀漫画内で、主人公の哲也の師匠的な立ち位置である房州さんが言った言葉です。

 

その中でこのセリフは、

 

”強いギャンブラーほど、勝てるように長い時間かけてイカサマの練習をしたり、
ライバルたちを出し抜く攻略法を考えたりする。
ギャンブラーになる人種は楽して稼ぎたい気持ちが強いはずなのに、結局楽がしたいがために努力をする、つまり勤勉になっている”

 

そういった意味合いでこのセリフが放たれていました。

この漫画ではギャンブラーに向けて言われたセリフですが、なにもギャンブラーに限らず一般に言えることだと思います。

僕は独自解釈としてこの「怠惰」を少し広い意味で捉えていて、単に”怠けたい”、”楽をしたい” などのみならず、”満足感を得たい”、”承認欲求を満たしたい”、”自己肯定感を高めたい” といった人々の様々な「欲」を、意識的か無意識的かに関わらず含んでいるという受け取り方をしています。

 

別に将来的にわざわざ苦労しようと思って努力をする人ってあまりいないと思いますし、将来的に楽をしたかったり満足感に浸りたかったりしたいが為に、現状の物事に取り組む人も多くいると思います。僕もそうです。

 

多くのみなさんも今何かしら努力をしていることがあると思いますが、自分の努力の意味を深く考えてみるといいかもしれません。掘り下げてみると上記に挙げたような「欲」にたどり着きませんでしょうか?

 

個人的には努力の先にあるものだけを追い求めるよりも、努力そのものに価値を見出した方が努力も続けられるし、結果が出なくても落ち込むことも少なく肯定的に捉えられると思います。
僕はなるべく努力そのものの過程にも価値を感じようとしたり、努力した時間などを振り返って充実感を得たりしています。笑

 

この言葉を教えてくれた大学の同期と、この漫画の作者のさいふうめいさんには感謝です。

 

自分が何で努力しているのかわからなくなったり、やる気がなく立ったように感じたら、この言葉を思い出してみるのもいいかもしれません。

 

本日は以上です。
それでは。